今週末は岡山県倉敷芸文館にてセミナーとワークショップ開催
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『「(前略)何でも自分のものにして、持って帰ろうとすると、難しいものなんだよ。僕は、見るだけにしてるんだ。そして、立ち去る時には、それを頭の中にしまっておくのさ。(後略)」』
上記は、映画ムーミン谷の彗星の中で、ガーネットと怪獣がいる谷に降りたスニフへ忠告したスナフキンの名台詞。
私が子育て真っ最中の時に、子供達と夢中になって何度も観たDVDが「ムーミン谷の彗星」です。
地球滅亡の恐れがある彗星接近の謎に迫るため、ムーミン達の一行が探検する旅の途中。
ガーネットの原石がゴロゴロ落ちている光景に目が眩んだスニフが谷を降り、ガーネットをリュックに入れて登ろうとした時のことです。
怪獣が現れ、降りた坂を登れずスニフが命の危機に晒されると言うシーンが印象的でした。
結果スニフは仲間の助けのお陰で助かるのだけれど、ガーネットをリュックにぎゅうぎゅうに詰め込んだ為に重くて登れなくなったこと。
そのガーネットは谷底の怪獣が守っており、スニフのリュックは怪獣がかぶりつき破損してしまったこと。
幸い命は助かったものの〜
この体験からスナフキンが皆に放った一言が上記です。
当時はこの言葉が素敵で印象的でした。今も大切に覚えています。(私の頭の中に有ります(笑))
パーフェクトマリッジで生きる在り方をしている今から観れば全て分かることです。
パーフェクトマリッジの在り方とスナフキンの言う生き方には、似ている様で大きな違いが有ることも観れば分かります。
スナフキンの言う「見るだけ」とパーフェクトマリッジで言う「観るだけ」は位置が全く違っています。
そしてスナフキンはそれを「僕は、」「自分の頭の中にしまっておく」と表現するところはやはり肉体の1つの位置だけを自分と特化しています。
この自分の相対思考の中でものを言っている思考の「考え」で有ることが分かる表現です。
素敵でもありますが、とり方次第では欲を抑制している様にも聞こえてしまいます。
しかし「僕は、いつも見るだけにし、立ち去る時には頭の中にしまっておくのさ。」の感性はパーフェクトマリッジに近いものが有るのです。
パーフェクトマリッジの「観るだけ」とは全体を観る目のことを指します。
だから未来に向かう方向性や罪悪感や欠乏感が一切無いのです。元々パーフェクト!なのです。
だからパーフェクトマリッジなのです。
スナフキンの言わんとすること、その感性とはちょっと共感出来る感覚もあります。
人間本来欠落して居ないと「欲しい」と言う思い、思考は働きませんものね。
満たされている。それだけで幸せ感満載です。
パーフェクトマリッジの在り方は、全て元々有るから自分の中に有るものと出会い、もしそれをタイミングで手にすることになるならば、それは欠乏からではなく元々埋まったところから自分自身を知るために出会って縁を結んだり、結果手にしたり出来るのです。
それが体験プログラム!元々ひとつ、元々離れて居ないことを知る為の体験プログラムなのです。
だから欲しい欲しい!
埋めたい!
こうなりたい!
こうしたい!
の方向性は結局諦める為に敢えて体験していることになってきます。(笑)
元々手にするものならば、欲しがっていることで手にすることを今自分が拒否していることになってきます。
しかし「諦める」ためには諦められない体験もし、そして諦める体験をするのです。(笑)
ややこしいですが(笑)
そうなるものは成る!成らないものはなりません。
人生全てプログラムで動いているのです。
そしてそこにもタイミングがあります。
まだの時はまだです。
待つタイミングは待てば良いだけ。
そのうちタイミングになれば事が勝手に起きてきます。
パーフェクトマリッジで生きるとは、現在、自分自身=プログラムを観る練習の連続です。
現在から全てを見通す目を持てたら、全てが自分なのです。
自分自身のプログラムで成っていくのが分かります。
そのタイミングも分かるのです。
仕事も結婚も出産も離婚も引越しも、再婚も就職も離職も病気の体験も。全てが産まれるその前に自分自身が設定したプログラムでなっていきます。
全てが自分自身の中に有るものと合致していくから、タイミングタイミングで必ず分かります。
パートナーと出会えた時。「これは私が封印した私の男性性」と。思わず口にして表現してしまいました。
勿論最初の結婚(私は結婚を2回しています)の時もそうでした。まだお付き合いを始める前から出会って直ぐに「結婚して3人の娘を産んで子育てしたら厳しくするか甘い子育てをするか」で討論になりましたから。(笑)
未来の記憶を現在で二人で話していました。
記憶とは頭の中に有るのではありません。
頭の中に有るのは勝手な決め付けと思い込みです。
記憶とは空間に在ります。
空間に溶け込んでその時そのタイミングでしか浮上してこないものです。
全記憶が浮上してしまったら多分パニックになるからでしょうね。宇宙と同じ膨大な記憶があるから。
だから出会いが大切。
その対象物と出会わ無ければ、そのものを見ないと私の中に元々合った記憶とは出会えないのだから。
出会えたもの全ての縁は自分自身を知るために自分自身が設定したプログラム!
だから見たら「そこにも私は有る」のです。
それを合わせ鏡の認識で「有る」ものとするか?
「無い」ものと切るか。
ずっと無視して相手そのものを相手として見るか。
相手のものとして置き去りにして相対の片側に貼り付いていじけて自分の思考の中に引き籠もって生きるか。
そこに自分自身を知る生き方在り方へ基準を替える大切なヒントがあります。
パートナーは紛れもなく「私の中に有る男性性」です。
勿論私は私の中に同時に存在する女性性と言えます。
本当の私はこの両方をペアとしていつも離さずずっと持って居るのです。
「私の」と表現するとき愛が溢れてきます。
「私の」を体感するとき。嬉し涙が溢れてきます。
私のを表現したとき全て有るものに変わってしまいました。
全てと言う全体を知る大切な世界観のセミナーが明日岡山県倉敷芸文館にて13:30-16:30開催です。
翌日日曜日は10:30-16:30岡山県倉敷芸文館にてパーフェクトマリッジワークショップがあります。
当日パーフェクトマリッジの会にご入会頂けたらどなたも参加出来ます。
全てタイミングもプログラムも、元々知っている自分自身として生きるパーフェクトマリッジ=自分自身との結婚。
自分自身とのマリアージュな2日です。
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